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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)765号 決定

抗告人 松崎守義

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。栗橋竹治が横浜地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第九六三号有体動産仮差押決定に基いて同庁所属執行吏森好忠に委任して別紙物件目録記載の有体動産に対してなした仮差押の執行はこれを取り消す。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

よつて判断するに、抗告人提出の有体動産仮差押調書謄本によると、横浜地方裁判所所属執行吏森好忠は債権者栗橋竹治の委任により昭和三十一年三月一日右債権者から抗告人(債務者)に対する横浜地方裁判所昭和三十一年(ヨ)第九六三号有体動産仮差押決定に基き、抗告人の住居に臨み抗告人所有の有体動産に対し仮差押を執行したが、右執行吏は執行に当り債務者たる抗告人が不在で、留守居の竹中ハツノに出会い、同人を右執行に立ち会わせたことを認めることができる。

抗告人は、「民事訴訟法第五三七条にいわゆる雇人は債務者と同居しているものでなければならない。すなわち同条所定の『成長したる其同居の親族若くは雇人』とは、『成長したる其同居の親族若くは成長したる其同居の雇人』の意味であると解すべきところ、竹中ハツノは抗告人と同居していたものではないから、同人は右法条の雇人に該当しない。従つて同人を立ち会わせてなした本件仮差押の執行手続は違法である。」旨主張するので、先ずこの点について判断する。民事訴訟法第五三七条が執行吏が債務者の住居において執行行為をなすに際し、債務者又は成長したその同居の親族若くは雇人に出会わないときは、成丁者二人又は市町村若くは警察の吏員一人として立ち会わしむべき旨を規定したのは、執行吏による執行を監視することによつて執行行為が専断に流れることを防止して執行行為が公正に且つ迅速に行われることを目的として立法されたものであると解せられる。右法条に「其同居ノ親族若クハ雇人」とあるのは、昭和二十三年法律第一四九号による改正の結果このように規定されたのであつて、右改正前に民事訴訟法第五三七条には、単に「其家族若くは雇人」とあつて「同居」という用語を用いていなかつたのである。ところが、民法の改正により家族制度が廃止され、「家族」という法律上の観念がなくなつたのに伴い、右法条中「家族」とあつたのを「同居の親族」と改められたまでのことであつて、「雇人」についてまでも同居中のものであることを要件とする趣旨で右の改正が行われたものではない。右のような立法の経過と、原則として同居の雇人の殆んどいない法人の存在することと、また同条によれば債務者となんの関係もない成丁者二人、市町村の吏員若くは警察官一人の立会があれば、執行行為を許していることとの権衡から考えても、右法条にいわゆる雇人とは債務者と同居中のものであることを要しないと解するのを相当とするばかりではなく、債務者が不在でその成長した雇人に出会つた以上、あえて右雇人が債務者と同居中のものでなくても、このものを執行行為に立ち会わせれば、執行吏の職務執行の公正を図るに充分であると解する。抗告人の主張は全く独自の見解であつて、とうてい採用できない。

次に、抗告人は、「民事訴訟法第五三七条にいわゆる雇人は使用者との間に従属的関係が存在し継続して使用されるものと解すべきところ、竹中ハツノと抗告人との間に右のような関係はないので同条の雇人に該当しないから、本件仮差押執行手続は違法である。」旨主張する。抗告人の提出にかかる竹中ハツノ及び抗告人各作成の陳述書(但し右記載のうち後記信用しない部分を除く)及び原審における抗告代理人審尋の結果によると抗告人は当時独り暮しで東京都内の会社に勤務し家をあけることが多かつたため、抗告人方から約一町離れたところに居住している竹中ハツノにその留守番を依頼し、同人は右依頼により昭和三十年十二月頃から昭和三十一年三月頃まで約三ケ月間に亘り一週間に二回位の割合で自宅から通つて昼間だけ抗告人方の留守番をなし、一日の日当として金二、三百円の報酬の支払を受けていたことを認めることができる。元来留守番は留守宅における一定範囲の事務の処理を依頼されることがあるからかかる場合は委任又は準委任の性質を帯びることがあるけれども、前記認定の事実関係に徴すれば、竹中ハツノは少くともある程度継続して抗告人の依頼によつて抗告人の留守宅を監視するという労務に服することを約したものであり、また抗告人はこれに対して報酬を支払うことを約したものであつてその法律関係は雇傭契約であると認めるのを相当とする。民事訴訟法第五三七条にいわゆる雇人とは継続して債務者に対し雇傭上の労務に服するものであればたり、必ずしも抗告人主張のような従属的関係のある場合のみに限定しなければならない理由はない。従つて右竹中ハツノは同条にいわゆる雇人であると認めるのを相当とする。前掲各陳述書中竹中ハツノは抗告人の雇人ではない旨の記載は信用できないし、他に以上の認定を妨げる資料はないので、抗告人の右主張も採用できない。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させ主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

抗告理由書

一、民事訴訟法第五百三十七条に言うところの雇人は

(一) 債務者と同居しているものでなければならない。即ち同条所定の「成長したる其同居の親族若くは雇人」は「成長したる其同居の親族若くは成長したる其同居の雇人」を意味するものと解すべきである。

(二) 使用者との間に従属的関係が存在し、継続して使用される者を指すと解すべきである。例えば番頭・手代・小僧・下女・下男の如きものである。

然るに本件執行に立会つた竹中ハツノは、右何れの条件をも欠くものであるから、同条所定の雇人ということはできないのにかかわらず、原決定が、同人を同条所定の雇人というを妨げないと認定したのは誤りであるから、取消されるべきである。

物件目録

一 二尺五寸四方の角卓          二ケ

二 長方形の置時計            一ケ

三 座机抽斗二開戸一           一ケ

四 本箱小型抽斗三戸二          一ケ

五 松島牡丹の絵の掛軸          一本

六 三味線                一ケ

七 幅約三尺五寸位景色の絵掛軸

峯衛人揚洲羅聘            一本

八 五尺五寸位の長方形の角卓       一ケ

九 硝子張人形入ケース人形共       一ケ

十〇 あみもの機ピアス高速度        六台

一一 角形の火鉢              一ケ

一二 長方形の横字の掛額          一ケ

一三 長方形の富士の絵掛額         一ケ

一四 掛軸長春小鳥、柿、小禽、雨中青楓、紅亭四本

一五 洋服箪笥抽斗四開戸一鏡付       一ケ

一六 桐三重箪笥抽斗三戸二開戸二      一棹

一七 三尺五寸-五尺位の堅木の整理箪笥抽斗

十一戸二               一ケ

一八 桐三重箪笥抽斗五開戸二        一棹

一九 本箱開戸二抽斗二           一ケ

二〇 瀬戸火鉢大形             一ケ

二一 小判形の風呂桶            一ケ

二二 電蓄箱形               一ケ

二三 オルガン               一台

二四 長方形の金魚絵横掛額         一ケ

二五 五尺-三尺位の五段本立        一ケ

二六 片袖の高机抽斗五           一ケ

二七 六尺の五尺五寸位の置戸棚

抽斗四戸二鋼戸二硝子戸二       一ケ

二八 茶ダンス抽斗五硝子戸二鋼戸二     一ケ

二九 冷蔵庫戸二

三〇 二重の桐タンス抽斗五         一棹

三一 台秤                 一ケ

三二 ラジオ機械              一台

三三 茶ダンス抽斗五戸四          一ケ

三四 茶ダンス抽斗四戸四抽斗二       一ケ

三五 瀬戸火鉢茶色             一ケ

三六 箱形の掛時計             一ケ

三七 下駄箱各戸二             二ケ

三八 金地の鳥の絵横掛額          一ケ

三九 銘仙座布団              五枚

四〇 銘仙敷布団              四枚

四一 富士絹掛布団             二枚

四二 夏掛布団(人絹)           五枚

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